下富村牛小学校について

 本校は、昭和37年3月にキナウシ地区に分校設置が認められ、児童数6名をもって開校しました。校舎は中心地にあった貴名牛神社の社殿(19.8平方メートル)を利用していたので、当時「鳥居のある学校」として話題を呼びました。その後昭和39年にトムラウシ17番地の離農者の家屋を改造し分校を移し、昭和44年まで単級で続けられたものの、在籍児童数1名となったため、富村牛小学校へ統合されることになりました。

 なおキナウシ地区は昭和48年に十勝ダム着工水没地点となりました。現在はダムの安全祈願を込めて、ダム湖である東大雪湖の旧俗称「赤岩」の岩頭頂上に社殿を新築され、当時の名残をとどめています。

設置 1962(昭和37)年3月1日   富村牛小学校下富村牛分校として
閉校 1969(昭和44)年4月1日   富村牛小中学校に統合

(『新得町史』、学校沿革史より)